かつて全国各地に分布していた地方色豊かな日本犬たちは、明治の開国を境に
急速に純度を失い、その数を減らしていきました。
雪深く他地域との交通の便が悪い鳥取県内においても例外ではなく、この危機的状況に
鳥取県宇野村(現湯梨浜町)に大庄屋として代々伝わる尾崎家の当主・益三氏は
昭和初期に山陰地方の地犬の保存と固定に乗り出しました。
ごくわずかな犬を元に始まった尾崎氏らの活動は長い戦時生活やジステンパー禍など
苦難の連続であり、山陰系柴犬は幾度となく絶滅の危機に瀕します。
「地犬の姿と気質は郷土の文化」の信念の下、その都度忍耐と努力によって
くぐり抜け、山陰柴犬は現代まで残されてきました。
>> 山陰柴犬の歴史 |